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2010年10月17日 (日)

古寺 鉄舟寺(久能寺)

2010年10月17日 -記-

10月13日の法明寺、増善寺に続き、翌日14日は清水村松にある
鉄舟寺(久能寺)へ参拝。

この鉄舟寺という名称 幕末から明治期に活躍した山岡鉄舟の名前をとっている。
久能寺は1300年程前から続くお寺で 今川の時代まで現在の久能東照宮のあった場所に
あり、武田氏が駿河に侵入したときに 今の場所に強制移住させられ今日に至る。
また明治期荒廃して廃寺同様となっていたが、
山岡鉄舟の尽力により臨済宗の寺として、そして鉄舟寺として明治43年に再興されたそうである。

そんな歴史を持つ鉄舟寺へ
自宅からR150経由で30分弱
場所は以前より知っていたが実際に行くのは今回が初めてだ。

Pへ車を置き山門脇の坂道を上る
Img_0001写真はPより見た山門
坂道は向かって左側 墓地に続く
行くと真言宗のお題目 南無大師遍照金剛の大きな碑が観音堂まで
導いてくれる。
そこからは石段である 墓地の間を というより
参道の両側に墓地が広がっていった。そんな感じだ
歩くこと数分 両側に苔むした、たくさんの石仏が出迎えてくれる、そしてその全てが
前掛けをしている なんとも可愛らしい。
Img_0023石段の傾斜は結構きつい 真ん中に手すりまで整備されている。
Img_0024登る毎に その傾斜を増す石段 毎日こんなところを 歩いていたら
足腰の鍛錬には十分だななどと考えながら登っていく
やがて観音堂前の広場に着く。
正面に古めかしい それでいて堂々とした構えの観音堂が目に飛び込んできた。
Img_0017この観音堂自身の創建は室町時代だそうだ。
右側に経堂らしきものが立っている 2体の石地蔵に守られ
Img_0005観音堂の前に立ち一礼し、手を合わせ目を瞑り千手観音の真言を唱え 般若心経と
ここでも気持ちが楽になった。
Img_0012 振り返ると清水の町が見える 中々いい景色だ。
Img_0006石灯篭には徳川家の家紋である三つ葉葵がくっきりと見える
Img_0009江戸期にはこのお寺も徳川の庇護のもとにあったんだと思いながら
足元に注意していくと
藪ランが咲いており、すぐその脇に アカマンマが可愛らしく赤い花を付けている。
Img_0014
Img_0015もう一度観音堂を振り返り 手を合わせ一礼し 先ほどの石段を足元に気をつけながら下る
石仏たちの顔を見ながら。
みんな柔和な顔をしている。

途中 ウォーキングらしき人とすれ違う むろん挨拶を交わし
私が下へ下りきったとき先ほどの人が戻ってきて、石段の一番下から また
登り返していった。
進行方向左側に見える鉄舟寺の鐘楼、庫裏、等見ながら正面山門前に行きImg_0032一礼し お寺を辞すことにした。
ここでも何か痞えていたものが落ちたような気がした。
そして心が温かくなり、千手観音菩薩の柔和な顔が浮かんできた。

徳願寺と建穂寺残ってしまったが機会を見て早い内に行ってこようと
鉄舟寺を辞すことにした。

鉄舟寺 正式には
臨済宗妙心寺派補陀洛山鉄舟寺
本尊;千手観音菩薩

藪ランの花言葉;かくされた心、謙遜

赤マンマの花言葉;あなたのために役立ちたい

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