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2011年1月11日 (火)

遠い日の記憶-part5 厳冬期の大菩薩峠

2011年01月11日

こんなこともあった、今から17年ほど前の2月
厳冬期の大菩薩峠に行ったことがある。

大菩薩峠というと あの中里介山の長編小説で有名な
場所である
甲府盆地の東側に当たり、標高も2000mを超す
春から秋にかけては大勢のハイカーで賑わうが
冬ともなると、好きな人以外は入らない、

この時は電車とバスを使っていったと思うが、定かではない
とにかく裂石から入る、しばらくは自動車も通れる林道を歩く
(目指すは正面真ん中にに見える山)
Img0005どのくらいか行ったところから登山道
はいって吃驚、登り始めてすぐに全面結氷
アイゼンは持っていたが、登り道 確か つけずに歩いたと思う
やが上日川峠 周りは真っ白、積雪量は多くなかったが
雪の下はガチガチ
その日は山小屋どまり・・無論予約だ、当日は我々を含め3組ぐらいだったかな
宿泊したのは
我々と表記したのは2名で行ったからである
翌朝食後出発、今度はアイゼンを付ける
道は相変わらずガチガチ
峠に至る道中、富士山の眺めがすばらしかった記憶がある
やがて大菩薩峠、そこに介山壮という山小屋があり
その前を道は続いている、やがて旧大菩薩峠付近に出る
そこからの大菩薩嶺 堂々と見える
Img_0005 そして峠の道標に付いていた温度計 見て吃驚
-18°ウワー という感じであった。寒いわけだ服装は頭から足先まで
完全武装、
Img_0007大菩薩嶺を往復し 下山 途中富士の大観を写真に収めようと
カメラを向けるが どうもシャターがおかしい。
いつでも使えるよう首からぶら下げていたが、そのせいだろうか、
ままよっとシャッターを押す、すると 忘れたころ シャッター音
写真どうなったろうか、現像すれば解ると、
帰宅し写真屋に できてきたのが次の写真だ。
Img_0008

残ったのは氷点下の思い出と半欠けの富士の写真
笑うに笑えない一こまとなった。
あとで写真屋さんに 聞いたところ、そういうところに行くときは
今で言うバカチョンカメラが一番いいとのことであった。
もし、フォーカルプレーンを使いたいのであるならば、絶対に
寒風にさらさないよう、懐にいれてカメラを寒風から守る必要があるとも
その時聞いた。それも今は昔の話である。

その同じ年の秋、再び 大菩薩を訪れている。
その時は車で行き裂石のPから歩き 大菩薩峠から丸川峠を経て
裂石に その時は7時間ほどの歩行であったと記憶している。

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コメント

やっぱり。。写真って大切ですね。。その時の情景や気持ちが
一瞬で。。よみがえってくるんだもの。。。半焼けの写真
なんか。。感動しましたよ。。。confident

こんにちは。
マイナス18度で、登山…風が吹いていたら、体感気温はマイナス30度くらいになっていたのではないでしょうか。湿気があると、さらに寒く感じると思いますが…
激寒地でのカメラ使用、少し残念な結果になってしまいましたが、この旅の記念になっているような気がします。
私事になってしまいますが、寒いときに、頭・顔を覆って外を歩いているときの視界は、なんとなく、この半欠けの写真に似ています。(覆いが目に被さって、視界がさえぎられているだけなのですが。)

大菩薩峠~~
  冬登りましたか~
私は 春や秋が好きで   と言うより冬は自信がなくて・・・
  賽の河原でひと休みして・・・山野草が綺麗でした
思い出の写真・・・又 撮りにいきましょうよ

写真ってその時の気持ち、出来事を思い出しますね。
上手く撮れなかった写真は一段と思い出深いですね。

ご心配おかけしました。回復しました。
ありがとうございます。私のブログの名の通り、まったりしていました。

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